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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)13388号 判決

主文

一  被告は、原告らに対し、各金一〇万円及びこれに対する平成七年一月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告らの、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

被告は原告らに対し、各金三〇〇万円及びこれに対する平成七年一月二一日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告らが、犯罪の嫌疑もなく、逮捕の理由も必要性もないのに、違憲、違法な目的で逮捕されたとして、被告に対して、国家賠償法一条一項に基づいて、慰籍料の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実

1 原告甲野太郎(以下、「原告甲野」という。)は、昭和三〇年生まれの男子で、丙川機械株式会社に勤務している。

2 原告乙山春子(以下、「原告乙山」という。)は、昭和三六年生まれの女子で、丁原電機株式会社に勤務している。

3 被告は大阪府警察を設置し、これに所属する地方公務員をして、犯罪の予防・捜査等の警察活動を行わせている。

4 原告甲野は、平成六年二月二七日、自動車運転免許証更新の際、住所を「大阪市此花区《番地略》」(以下、「本件甲野住所地」という。)と届け出たことにより、自動車運転免許証の住所欄には、右住所が記載された。

5 原告乙山は、平成三年九月二四日、自動車運転免許証更新の際、住所を「高槻市《番地略》」(以下、「本件乙山住所地」という。)と届け出たことにより、自動車運転免許証の住所欄には、右住所が記載された。

6 原告甲野は、平成六年六月二二日午前七時頃、大阪府警察の警察官によって、別紙一記載の被疑事実により免状不実記載の罪名で、八尾市《番地略》の吉田商店前路上において通常逮捕され、その後、同月二四日午後三時三〇分頃まで此花署代用監獄に留置された。

7 原告乙山は、平成五年一〇月一八日午前一〇時三〇分頃、大阪府警察の警察官によって、別紙二記載の被疑事実により免状不実記載、同行使の罪名で、守口市《番地略》丙山ハイツ付近路上において通常逮捕され、その後、同月二一日午前九時一五分頃まで高槻署代用監獄に留置された。

二  当事者の主張

1 原告の主張

(一) 本件各逮捕の違法性

大阪府警察に所属する警察官らは、原告らを逮捕した(以下、「本件各逮捕」という。)ものであるが、原告らに対する本件各逮捕は、犯罪の嫌疑もないのに敢行されたものであり、逮捕の理由も必要性もなく、本件各逮捕の目的においても違憲であり、本件各逮捕は、明らかに違法である。

(1) 犯罪の嫌疑の不存在

原告甲野は、昭和六一年六月に原告甲野が勤務する丙川機械株式会社の社員寮である春日寮のある本件甲野住所地を住所とし、以後右場所を生活の本拠として生活していた。

原告乙山は、平成三年四月に母親の住所であり、実家といえる本件乙山住所地を住所とし、以後右場所を生活の本拠として生活していた。

したがって、原告甲野の自動車運転免許証の住所欄に記載された住所と原告甲野の住所は一致し、原告乙山の自動車運転免許証の住所欄に記載された住所と原告乙山の住所は一致している以上、本件各逮捕は罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由もなく敢行されたものであり、違法な逮捕である。

(2) 逮捕の理由及び必要性の不存在

{1} 原告甲野について

原告甲野に対する逮捕の被疑事実は、自動車運転免許証更新の際に、自己の住所として本件甲野住所地を申し立てたことを問擬するものであるが、このこと自体は客観的事実であって、そもそも罪証を隠滅することは不可能であり、原告甲野には罪証隠滅のおそれは全く存在しない。

更に、原告甲野は、昭和四九年に丙川機械株式会社に入社し、以来二〇年にわたって同社に勤務してきたもので、右会社の社員寮である本件甲野住所地を生活の本拠とし、長年積極的に組合活動等を行ってきたものである。このような原告甲野が、免状不実記載という軽微な犯罪の嫌疑をかけられたからといって、職場や組合の活動や仲間を捨てて逃亡することなどおよそありえないから、原告甲野には逃亡のおそれも存在しない。

{2} 原告乙山について

原告乙山に対する逮捕の被疑事実は、自動車運転免許証更新の際に、自己の住所として本件乙山住所地を申し立てたこと及び右住所が記載された運転免許証を警察官に提示したことを問擬するものであるが、このこと自体は客観的事実であって、そもそも罪証を隠滅することは不可能であり、原告乙山には罪証隠滅のおそれは全く存在しない。

更に、原告乙山は、昭和五五年一二月に丁原電機貿易株式会社に入社し、以来一四年にわたって同社及び丁原電機株式会社に勤務してきたものであり、かつ、平成三年以降本件乙山住所地において母親と居住してきたものである。このような原告乙山が免状不実記載・同行使という軽微な犯罪の嫌疑をかけられたからといって、職場と母親を捨てて逃亡することなどおよそありえないから、原告乙山に逃亡のおそれも存在しない。

したがって、原告らに対する本件各逮捕は、逮捕の理由も必要性もないのに行われた違法な逮捕である。

(3) 本件各逮捕の目的の違憲・違法性

原告らに対する本件各逮捕は、犯罪の嫌疑もなく、かつ逮捕の理由も必要性もないものである上、事前の呼出し等を経ることもなく、突如として行われたものであることから、警察官らによる本件各逮捕の目的は次のとおりであったことは明らかである。

即ち、別紙一及び二の各被疑事実に記載されているように、警察官らが原告らを中核派に所属する活動家とみていることは明らかである。しかも、原告甲野に対する逮捕は、被疑事実の行為後、約四か月経った平成六年六月二二日に行われたものである。これらの事情によれば、右逮捕は逮捕四日後の同月二六日に行われる予定の「関西新空港九月開港阻止六・二六全関西総決起集会」の準備活動を原告甲野が行うことを阻止することを目的としたものであるということができる。また、原告乙山に対する逮捕は、被疑事実の行為後、約二年一か月経った平成五年一〇月一八日に行われたものであって、右逮捕は逮捕三日後の同月二一日に行われる予定のいわゆる「一〇・二一国際反戦デー」(関西反戦共同行動委員会主催)への原告乙山の参加を阻止し、関西労組交流センターによる集会準備を妨害することを目的としたものであるというべきである。

更に、留置後の警察官らによる原告らに対する取調べにおいては、転向強要も行われており、本件各逮捕には、転向強要目的も存していたものである。

したがって、警察官らによる本件各逮捕は、戦前の治安維持法上の「予防拘禁」ないしは行政執行法上の「予防検束」と同様のことを敢行することを意図してなされたものであり、その目的においても違憲・違法といえ、違法な逮捕である。

(二) 責任

大阪府警察の警察官らは、原告らについて、犯罪の嫌疑もなく、また逮捕の理由も必要性もないのに、違憲・違法な目的をもって逮捕状を請求して、裁判官らに逮捕状を発付させ、かつ右逮捕状を執行するに至ったものであるから、右警察官らの各所為が違法であることは明らかである。

右警察官らは、被告の公権力の行使にあたる公務員であり、その職務を行うについて、原告らに対し故意に損害を与えたものであるから、被告は原告らの蒙った損害を賠償すべき義務がある。

(三) 損害

違憲・違法な本件各逮捕により、原告甲野は平成六年六月二二日午前七時頃から同月二四日午後三時三〇分頃まで、原告乙山は平成五年一〇月一八日午前一〇時三〇分頃から一〇月二一日午前九時一五分頃までの間にわたって、違法に身柄を拘束されて代用監獄たる警察留置場に留置された上、留置期間中転向強要を受けたものであって、原告らは身体の自由並びに思想の自由という基本的人権を著しく侵害された。更に、本件各逮捕に伴って、原告らの関係者宅等に対する捜索・事情聴取等が行われ、また原告らの身体拘束によって右各三日間の休業を余儀なくされ、職場の同僚に負担を及ぼすなど、原告ら及び関係者に多大の苦痛を生ぜしめた。

このように原告らが蒙った損害を金銭に換算すると、各金三〇〇万円を下らないものである。

よって、原告らは、国家賠償法一条一項所定の損害賠償請求権に基づいて、被告に対し、各金三〇〇万円及び本訴状送達の日の翌日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2 被告の主張

(一) 犯罪の嫌疑の存在

原告らに対する本件各逮捕については、いずれも「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」が存在していた。

(1) 原告甲野についての捜査経過

平成五年二月、警察官が本件甲野住所地に存する春日寮を訪問したところ、戊原春夫なる人物が対応した。同年一二月頃から、近隣の住民に聞き込みをしたところ、右戊原らしき人物は春日寮に住んでいるが、原告甲野については見たことがないとのことであった。更に、この頃から春日寮の点灯状況を確認したところ、一室のみが点灯しており、春日寮の視察も行った結果、早朝に戊原が春日寮を出る他は、原告甲野を含めた人の出入りはなかった。一方、平成六年二月から三月にかけて、原告甲野と内縁関係にある戊田松子が居住している八尾市《番地略》甲田マンション四号室を視察したところ、原告甲野が早朝戊田松子名義の三菱ミニカに乗車し出発するのが何度も目撃され、原告甲野が勤務する丙川機械株式会社を視察したところ、同社の敷地内に右三菱ミニカが駐車されており、原告甲野が同車に乗り出発するところが何度か目撃された。更に、右マンションの居住者からの聞き込みの結果によっても、戊田松子の夫が原告甲野であり、原告甲野が早朝に戊田方を出て帰宅が遅いとの回答が戻ってきた。

したがって、右捜査結果により原告甲野が、運転免許証更新に際し住所とした本件甲野住所地に居住していなかったことは明らかであり、原告甲野には罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由が存在した。

(2) 原告乙山についての捜査経過

本件乙山住所地を捜査したところ、原告乙山の実母乙野竹子が賃借人となっていたが、原告乙山がここに居住していた形跡もなく、平成五年一〇月一八日に実施した捜索差押の結果からも、原告乙山の居住事実は認められず、右乙野もここには自分だけしか住んでいない旨述べていた。一方、守口市《番地略》丙山ハイツの家主より聴取したところでは、原告乙山が同所に一人で住んでいるとのことであり、右丙山ハイツのガス供給契約は原告乙山名義でなされ、その支払も原告乙山の口座から振替支払がなされていた。平成五年八月に丙山ハイツを視察した結果、原告乙山が丙山ハイツを自転車で出て、地下鉄に乗り勤務先に向かっていくのが確認された。

したがって、右捜査結果より、原告乙山が運転免許証更新に際し住所とした本件乙山住所地に居住していなかったことは明らかであり、原告乙山には罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由が存在した。

(二) 逮捕の必要性の存在

原告らは中核派の活動家であるところ、中核派は罪証隠滅において手段を選ばないと見られる記載を機関紙等になし、原告らは居住事実のないところに住所を設定していたことからして、本件は組織的な犯行であり、罪証隠滅のおそれは十分にあったといえる。

更に、本件が組織的な犯行であることからして原告甲野及び原告乙山を組織的に逃亡させ、非公然化させるおそれは十分にあった。

(三) 他目的の不存在

(1) 警察は、原告らが主張する集会の準備にどのように関わっていたかなど全く関知しておらず、また、多数の仲間がいる中で、原告甲野及び原告乙山のみを逮捕することによって集会の準備を阻止、妨害することになるとは考えられないものであり、本件各逮捕に集会準備を阻止、妨害する目的は存在しなかったことは明らかである。

(2) 原告らは、逮捕後の取調べに対し完全に黙秘しており、転向を強要してみても聞く耳を持たない者であることは明白であるから、かかる者に何ら効果のない転向強要の取調べなどする筈はなく、また、そのような可能性のないことをするために逮捕することなどありえない。

三  争点

1 本件各逮捕における犯罪の嫌疑の存否。

2 本件各逮捕における逮捕の必要性(罪証隠滅、逃亡のおそれ)の存否。

3 本件各逮捕が、違憲、違法な目的によるものであったか否か。

4 損害額

四  証拠《略》

第三  争点に対する判断

一  原告らの居住状況及び本件各逮捕について

1 原告甲野について

《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告甲野は、昭和四九年に丙川機械株式会社に入社した後、昭和五三年六月に丙川機械株式会社の本件甲野住所地所在の春日寮に入寮し、昭和六一年二月から五月末までの間を除き、平成七年八月に至るまで、右春日寮に居住していた。(この点、証人足立は、警察官が春日寮の周辺住民から聞込み捜査を行い、原告甲野を春日寮で見たことがない旨の話を聞いており、平成五年一二月から平成六年一月にかけて春日寮の点灯状況を確認したところ、春日寮に居住していた戊原春夫が使用していたと思慮される春日寮一階南東角の部屋のみが点灯していたことが確認され、春日寮の視察においても原告甲野の出入りは認められなかった旨供述するが、証人足立の証言を裏付ける証拠は何ら存在せず、また、原告らの本件各逮捕に犯罪の嫌疑が存在しなかったことを証すべき事実とする申立に対し、別紙文書目録一及び二の文書について発せられた文書提出命令に対し、被告が当該文書を提出しなかった事実をも弁論の全趣旨として考慮すると、証人足立の右供述は採用することはできない。)

(二) 原告甲野は、内縁の妻である戊田松子の居住する大阪府八尾市《番地略》所在の甲田マンションに三菱ミニカで週に二、三日程度通っていた。

(三) その後、大阪府警察所属の司法警察員である足立厳が、原告甲野について別紙一記載の被疑事実について逮捕状請求をなし、右逮捕状請求に基づいて発付された逮捕状により、原告甲野は平成六年六月二二日逮捕され、右三菱ミニカの車内より中核派の機関紙である前進の一六七〇号一部、同一六七七号一部、機関紙共産主義者一九九四年春季号一冊が押収され、原告甲野より鍵四本つきのキーホルダー一束と鍵一本つきの木製キーホルダー一個が押収され、更に内妻の戊田松子宅から中核派の機関紙である前進一六七〇号一部、同一六六九号一部が押収された。

(四) 逮捕後の取調べにおいては、逮捕容疑の説明が最初になされ、その後も取調べがなされたが、原告甲野は黙秘を続けていた。

2 原告乙山について

《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告乙山は、昭和五五年に丁原電機貿易株式会社に入社し、その後丁原電機株式会社に移り、平日は大阪府守口市《番地略》丙山ハイツから勤務先である丁原電機株式会社へ通っており、土、日曜日及び祝日は本件乙山住所地にある実母の住居に帰宅していた。(この点、証人足立は、警察官が丙山ハイツの家主に事情を聞いたところ、原告乙山は、土、日曜日及び祝日は会社が休みで丙山ハイツにいるように思われ、平日は午前七時三〇分から八時までの間に出勤している旨の話を聞き、更に、平成五年八月一七日から同月二五日までの土、日曜日を除いた五日間丙山ハイツを視察したところ、原告甲野が午前八時頃から午前八時三〇分の間に丙山ハイツを出て勤務先の丁原電機株式会社に通っていることを確認し、本件乙山住所地を捜査した際、原告乙山の実母である乙野竹子が娘である原告乙山はここに居住してない旨述べたと供述するが、丙山ハイツの視察の結果については、土、日曜日が除かれており、土、日曜日及び祝日は実母の住居に帰宅していたとの原告本人の供述と何ら矛盾するものではないし、他の同証人の供述については何ら裏付けはない上、前記文書提出命令に関する事実をも弁論の全趣旨として考慮すると、同証人の右供述を採用することはできず、他に同証人の供述する事実を認めるに足りる証拠もない。)

(二) その後、足立厳は、別紙二記載の被疑事実に基づいて原告乙山について逮捕状請求をなし、右逮捕状請求に基づいて発付された逮捕状をもとに原告乙山は平成五年一〇月一八日逮捕され、前記丙山ハイツにある原告乙山宅から原告乙山名義の運転免許証、健康保険証、ガス料金領収書、電気料金及び水道料金の立替払金請求書、手帳、中核派の機関紙である前進等が押収され、原告乙山から鍵二本付のキーホルダーや原告乙山名義の銀行のキャッシュカード、地下鉄の回数券等が押収された。

(三) 原告乙山も逮捕後の取調べに対しては完全黙秘を通した。

二  争点1について

司法警察職員が裁判官に対して逮捕状の請求をなし、発付された逮捕状に基づいて逮捕する場合であっても、逮捕をなす司法警察職員が、逮捕時において、捜査により収集した資料を総合勘案して、罪を犯したことを疑うに足りる相当の理由及び逮捕の必要性を判断する上において、合理的根拠が客観的に欠如していることが明らかであるにもかかわらず、あえて逮捕したと認め得るような事情がある場合には、右逮捕について国家賠償法一条一項の適用上違法の評価を受けるものと解するのが相当である。

そして、本件各逮捕においては、前記認定のとおり、自動車運転免許証の更新に際し、虚偽の住所の申立をしたことについて免状等不実記載罪ないし同行使罪が被疑事実となっているものであるところ、右罪の構成要件上の「住所」の意義をどのように解するか及び右解釈を前提にどこを住所と判断するかについては争いの存しうるところであるから、逮捕をなす司法警察職員としては、右「住所」の意義として相当と解される解釈を逸脱しない範囲内で、被疑者が罪を犯したと疑うに足りる相当な理由があると判断しうる程度の資料に基づいて逮捕をなした場合には、罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由について、客観的に合理的根拠が欠如していたことが明らかな場合であるとは認められないと解される。

1 原告甲野について

前記認定事実によれば、原告甲野は、週に五日程度本件甲野住所地所在の春日寮に帰宅し、内妻の戊田松子宅に週に二日程度通っていた事実が認められることから、《証拠略》中、右事実に合致する部分については信用でき、大阪府警察は、原告甲野が週に二日程度戊田松子宅に行っていたことについては、資料を収集していたものと認められる。

そして、週に二日程度原告甲野が戊田松子宅に泊まっていたにすぎず、前記「住所」の解釈として、反対の解釈をなすべき特段の事由のない限り、その住所とは各人の生活の本拠を指すものとの解釈(最高裁昭和二九年一〇月二〇日大法廷判決・民集八巻一〇号一九〇七頁参照)を前提にしても、生活の本拠の捉え方によっては、戊田松子宅を生活の本拠と解する余地はあり、右住所を運転免許証の更新申請の際申告すべき「住所」と解する余地はあり得、かつ、右解釈が相当な範囲を逸脱しているとは解されないことから、右資料に基づいて、大阪府警察所属の司法警察職員が逮捕したとしても、犯罪の嫌疑について合理的根拠が欠如していることが明らかな場合と認めることはできない。

2 原告乙山について

原告乙山については、前記認定のとおり、丙山ハイツに一週間の内五日程度居住しており、実母宅には週二日程度しか居住していなかったものであり、《証拠略》右事実に合致する部分については信用でき、大阪府警察は、原告乙山が週に五日程度丙山ハイツに居住していたことについては、資料を収集していたものと認められる。

そして、原告甲野は週に五日間を丙山ハイツで過ごしていたのであるから、前記「住所」の解釈に基づいて、右場所が生活の本拠にあたり、運転免許証の更新申請の際申告すべき「住所」にあたると解することには合理性があり、右資料に基づいて、大阪府警察所属の司法警察職員が逮捕したとしても、これをもって犯罪の嫌疑について合理的根拠が欠如していることが明らかな場合と認めることはできない。

三  争点2について

本件において、被告は、本件が中核派による組織的な犯行であり、罪証隠滅のおそれもあり、組織的に逃亡させるおそれもある旨主張するが、前記認定事実によれば、原告らは中核派の機関誌である「前進」を所持していた事実が認められ、原告らが中核派の活動に関与していた疑いがあるとは認められるものの、原告らと中核派との関係及び本件各逮捕の被疑事実と中核派の活動との関係の詳細は不明であるというほかないから、本件が中核派による組織的犯行であると認めることはできない。これに、被告が別紙文書目録一ないし四の文書についての提出命令に従わず、原告らに反論・防御の機会を与えないとともに、裁判所にも本件における最良証拠というべき右文書を提出しなかったことをも弁論の全趣旨として考慮すると、原告らに罪証隠滅のおそれ及び逃亡のおそれがあったと認めることはできないものというべきであり、逮捕の必要性について合理的根拠が客観的に欠如していたものと認められる。

以上の認定、説示に、本件甲野及び乙山住所地はともに原告らの居住と無関係な場所ではなく、仮に犯罪が成立するとしても軽微なものであるといえることを総合すると、本件各逮捕は逮捕の必要性が客観的に欠如していることが明らかである場合にあたり、本件各逮捕をなした大阪府警察所属の司法警察職員としては、本件各逮捕について逮捕の必要性を欠くことを十分認識可能であったと推認できることから、国家賠償法上違法であるとともに、本件各逮捕をなした司法警察職員には少なくとも本件各逮捕をなしたことにつき過失が認められるというべきである。

四  争点3について

本件各逮捕が違憲、違法な目的によるものであるとの点については、原告ら本人の推測を混えた供述以外に証拠はなく、原告らと中核派との関係の詳細が不明であること及び原告らが本件各逮捕後の取調べで黙秘を通したことを考慮すると、原告主張の事実を認めることはできない。

五  争点4について

右のとおり、違法な逮捕状請求により原告らは二日ないし三日間、身体の自由を拘束されるとともに、原告らの親族宅等に対する捜索も行われたものである。これにより原告らの被った精神的苦痛による損害を金銭に換算すると各金一〇万円が相当である。

なお、原告らは本件各逮捕には転向強要目的も存し、取調べの中で転向強要もされたものである旨主張し、思想の自由を侵害されたことに基づく慰籍料をも請求するものであるが、原告らの主張する転向強要を目的とした取調べの内容としては、原告甲野については、「この件でおまえも考えてみたらどうだ。いい機会だからよく考えて見ろ。本気になって生き方を考えてみたらどうだ。」更に、「関西の指導部は贅沢している。おまえはこき使われているだけだ。」等と警察官から言われたというものであり、原告乙山については、「今からやったら、やり直せる。将来子供もおれへん人生やったら寂しいぞ。」等と警察官から言われたというものに過ぎず、たとえ、原告ら主張のとおりの取調べがなされていたとしても、警察官から右発言がなされた程度では、本件各逮捕に転向強要目的が存したとも、また転向強要が行われたとも認めることはできない。したがって、原告らの思想良心の自由が違法に侵害されたと認めることはできず、思想の自由を侵害されたことに基づく損害賠償は理由がない。

六  結語

以上によれば、原告らの国家賠償法一条一項に基づく請求は各金一〇万円の慰籍料及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成七年一月二一日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がないから、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 前坂光雄 裁判官 大西忠重 裁判官 島崎邦彦)

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